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18年。

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「・・・ややや、」と言い出したのは2006年かららしい・・・ややや、じゅくちょです。
結構、引っ張っとんね・・・。

さて、オイラがこの業界の門を叩いたのは24歳の春でした。
4月が来て19年目に突入です。
中堅?いやいや、まだまだヒヨっこです。

オイラはこの仕事に関する知識や技術を全て『現場』で教わってきました。
家業が眼鏡屋だったから幼い頃からメガネをたくさん見てきました。
しかし視力もずっと良かったし、まるでメガネに興味がなかったから、メガネに関する知識は一切ありませんでした。
そんな自分がまさか眼鏡屋になるなんて・・・と思ったりしながら18年ですわ。

オイラの「メガネの基礎」は、茨城県で培われました。
大学を卒業した春から3年と半年、今まで一度も足を踏み入れた事のなかった茨城県にある眼鏡店で、「メガネの修行」です。
仕事のみならず、色んな事を教わったこの大切な期間がなければ、今のオイラはありません。

そこにはユニークなパイセンが沢山おられました。
一番忘れられないのが、「マスオさん」というオッチャンでした。
とにかく行動がオモロイんです。
昼飯にラーメンを食べはるんですが、袋麺の粉末スープをマグカップに溶かし、それを飲みながら麺をバリボリとかじり、おかずはモロきゅう。
それとか、軒下に垂れ下がる「つらら」を「つづら」と言ったり、何を言うても「え?」「え?」「ええ?」と全くと言っていいほど人の話を聞きません(笑)

オイラは何度かそのマスオさんと外販に行った事があるんですが、とある日、近くの農協へ外販に伺った時めちゃくちゃ雨が降ってて、全然お客さんが来ない時があったんです。
あまりにもヒマだったので、「このままボウズで帰れませんよ、ええ?」とマスオさんが大きな独り言を言い出して、ちょっと焦りだしたんです。
その時にタマタマ通りかかったオッチャンがいて、そのオッチャンの進路を塞ぐようにマスオさんが立ちはだかり、
「お父さん、メガネでもいかがですか?メガネでカッコつけてみませんか?」
と、なんとも斬新な切り口のセールストークを始めました!
農協に用事があっただけのそのお父さん、イキナリ進路を塞がれ聞いたことのないような接客トークに面食らった様子で、何とかその場から逃れようとした事を言うつもりが
「オレは、カッコだけじゃなく、度がいるんだっぺよ!」
と、みすみすマスオさんが喜びそうなセリフを言うてしまったんです。
しかしソコでマスオさんから飛び出した言葉に度肝を抜かれました。
「大丈夫!度はサービスで入れますから!ええ?」
度(または度数)ってサービスで入れるモンやったんスか!?
「カラーはサービスで入れますから。」ならば聞いたことがあったんスけど・・・。
オイラ、基本的に「度ありき」がメガネやと思ってました・・・。
「度を入れる」サービスってのを、その時初めて知りました・・・。

結局そのお父さん、サービスで入れられた「度付きメガネ」を買わされておりました(´Д` )
「コレはマネできない!」と思った接客を目の当たりにした瞬間でした。

18年を経た今、当時のマスオさんの年齢に近づいてきたのですが、いまだにその境地に辿りつけていない・・・ややや、じゅくちょでした。
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Tag:昔話  comment:0 

嗚呼、青春時代。

アッキーの胸毛・・・ややや、じゅくちょです。

今日明日と一人営業でございます。
差し入れ・ダベリ・大金の寄付などお待ちしておりますヨ!

先ほど高校からの友人Aが来た。
Aは同級生だがヤタラと風格があって、同い年に見られることがない。

そんな彼だが、ティーンネージャーの頃は同じ教室で学んだ仲。クラブも一緒だった。
あれは高校1年の夏休み。クラブの練習のため更衣室で着替えているところへ嬉しそうにAがやって来た。
「ずっと予約してたレコードが今日発売やってん!」とにこやかにカバンからレコードを取り出すA。
CDではなくレコードである。
しかも、LPではなくEPである。
「予約特典のポスターはクシャクシャになったらイヤやから、帰りにもらいます!って言うて来てん。」
と、カバンから出てきたEPレコードは、ナント「西村知美」だった。
「とろりんカワイイわぁ~。」とレコードを愛でるA。
オイラはその時、西村知美のあだ名が「とろりん」と呼ぶことを初めて知ったのであった。

それよりも、その姿が気持ち悪すぎて今でも忘れることができない。
おニャン子クラブが全盛だった当時、なぜ「とろりん」だったのか。
いや、とろりんが歌を歌っていた事さえ知らなかった。
そしてレコードだけ学校に持ってきても聞けるわけがないんやから、ポスターだけでなくレコードも帰りにもらえばよかったのではなかろうか?
そんなに早く「とろりん」とご対面したかったのか?

・・・と、そんな話をAにすると、思いっきり顔を赤らめていた。
ヤツは「何で25年も経った今、そんな話するねん!」と照れ隠しのため怒っていたが、そんな事言われても知らんがな。
今思い出しただけやがな。

記憶力が良すぎるのも良し悪しやなーってつくづく思う・・・ややや、じゅくちょでした。

わ!ホンマに歌とてた!(笑)

「ポケットに太陽」て・・・。いかにも当時のアイドルソングっぽいタイトルやな。。。

Tag:昔話  comment:2 

残酷な天使のテー食屋。

ちょっと涼しくなってきてとても嬉しい・・・ややや、じゅくちょです。

今日は約20年前ほど昔の話です。
河内長野駅からまっすぐ走ると、「七つ辻」という交差点があります。
読んで字の如く「七つ」の「辻」がある交差点で、結構交通量の多い交差点でございます。
この交差点の角に、オイラの物心がついた頃から「焼き魚屋」さんがありました。

「魚屋」さんではなく、「焼き魚屋」さんなのです。
バスが黒い煙をモクモク吐き出しながら走る横で、焼き魚をフルオープン陳列しておりました。
今では考えられへん業態でんな。

ままま、オイラはその焼き魚を食うたかどうかの記憶が全くありませんが、近所では「美味しい」との評判がありました。
20年ほど前、オイラは酒屋でバイトをしていたのですが、焼き魚屋のオッちゃんがその酒屋の大将に「ちょっと相談したい事がある」とフラッとやってきまして・・・。
要は、だんだんと商売が芳しくなくなってきて、思い切って焼き魚をメインにした定食屋を始めたいと。
ほんで夜は一杯飲み屋もやりたいと考えてるけど、どないすればいいのかワカランので教えて欲しいとの事でした。
その酒屋の大将もそんなコンサルみたいな事なんてした事もないクセに、あーだこーだとエラソーな事を言うてましたわいな。
「やっぱりオッちゃん、目立つ屋号にせなアカンでぇ!」と。
「何か屋号考えてるんかー?」と、酒屋の大将はバリバリの体育会系のオッサンやったので、結構大声&上から目線でまくし立てるので、もともと大人しそうなオッちゃんはずっとオドオドしてました。

「ホ、ホ、ホナ何か屋号を考えてきますわ~。」と逃げるようにオッちゃんは帰りました。
あんな言われ方して、もうけぇへんやろー?ともう一人のバイトのツレと話をしておりました。
そのまま2週間ほど過ぎ、オイラたちも忘れかけていた頃にオッちゃん「屋号を考えてきました~。」と再来店。
「屋号は何にすんの~!?前に言うたように目立つ名前にしたんやろな~?」と大将。
オッちゃんは「えーっと、『七つ辻』にしようと思って~。。。。」
オイラたち「そのまんまやん!」

結局、定食屋「七つ辻」は改装工事に入り、オッちゃんは奮発してグリルも新調してはりました。
これでまたガンガンと魚を焼くぜ~!ってな意気込みを感じました。
開店後、祝いを兼ねて昼メシを食いにいきました。
自慢のグリルで焼かれた魚がたくさん並べられておりました。
焼き加減も味も良くて「美味いなぁ~」と言いながら食うてる時に、ガテン系の方が3人ほどドヤドヤとご来店。
その一人が「オッちゃん、きつねうどん!」と大声でオーダー。
気弱なオッちゃんは「あぁ、ハ、ハイ・・・。」とオドオドと返事。
え?うどんもやってたのー?それやったら食いたかったのにー。と思ってオッちゃんを見てると、焼き魚を乗せた皿の前でオドオドウロウロした後、
「スンマセン、ウチうどんやってませんねん・・・。」と。
やってへんのかーい!
ホナ、何で「ハイ」言うてーん!と。
「うどん無いんやったら帰るわー。」と即座に退店されて、オッちゃんしばらく放心・・・。

その後、順調かどうかはさておき「七つ辻」は営業しておりましたが、ある昼下がりに悲劇が起こりました。
オッちゃんの店の裏のアパートから出火し、古い建物やったのでオッちゃんの店も全焼。。。
グリルで魚を焼かずに、グリルが焼かれてしまいました・・・。
オイラの家も近所やったので、その火事を間近で見ておりました。
またそこの場所でもう一度やり直すのかと思っていたら、時代の流れによって法律が変わっていて、その場に建物が建てれなくなっていたのです。
何と残酷な結末。。。

その後、そのオッちゃんを見ることがなくなりましたが、元気にしてはるんやろか?と時々心配している・・・ややや、じゅくちょでした。

Tag:昔話  comment:0 

西中島南方にて。

松茸よりも椎茸の原産国にこだわる・・・ややや、じゅくちょです。

とある話から、昨年9月の出来事を思い出したので、お付き合い願いましょうかねぇ。。。

人に迷惑しか掛けへんブラザーズの長男と、常日頃お世話になっている福井のメーカーO氏と飲もう!との話になり、O氏が大阪出張の時に常宿としている「西中島南方」(にしなかじまみなみかた)、略して西中(にしなか)で落ち合うことになったのです。
その日、長男はゴルフに出かけていて早い時間から酒をあおっており、途中で抜け出しオイラたちと合流予定としておりました。
当時、じゅく子はこの飲んだくれ長男の店のスタッフだったので、店を閉めてから参加する事になっていて、オイラも西中までちょっと時間がかかるっちゅう事で、先にO氏と長男とで先にやっといてくれ!となったのです。

しかし、O氏と長男は当時面識がなく、「オイ!ワシOさんの顔知らんから、泊まってるホテルまで行くから、ホテルの名前を聞いといてくれ!」と言われ、
「え!面識ないんかいな!?」と思いつつO氏に電話すると、
「ホテルから飲み屋さんまで距離があるので、駅の南出口が一番いいから、そこで待っていてくれるよう伝えといてー。」
とO氏。
丁度その時オイラ電車に乗るところやったので電話ができず、長男にメールしたのです。
メールでの長文が苦手なオイラは話を要約して長男にメールしました。
「西中島南方の南出口がベストだそうです。」と。

その後、地下鉄に乗り換えてじゅく子と落ち合い、二人が飲んでいる店の場所をO氏に聞くと、もう先に二人で飲んでるよ!と返事があり、その店に着くやいなや長男が、
「お前なぁ!ワシはホテルの名前を聞いてるのに、何で別の答えをするんじゃい!?」と、もうベロベロ状態の長男。。。
「ワシはお前にホテルの名前を聞いてるのに、お前からの返事は『南出口がベスト』っちゅうからやなぁ、ワシはずっと『南出口ガベストホテル』を探しまくってたんやぞー!」と。
さらに、
「全然見つかれへんから、そこら辺のホテルに入ってフロントにおる兄ちゃんに、『ここら辺にガベストホテルってドコにあるか知らんかぁ?』って聞いたんやぞ!」と。
ほんで、
「『ちょっとわからないッスねぇ。』っちゅうから、メールにこない書いてるねん!って携帯見せたら、『コレ、ガベストホテルじゃなくって、南出口がベストです。』って書いてますよって言われて、ワシめっちゃ恥ずかしかってんぞー!」と、華麗なる逆ギレ!

天然の人が酔っ払うと、こんなヒドい仕上がりになるっちゅう典型的な例をみました。
その後、メッチャ辛いラーメン屋で一番辛いラーメンを「うまい!うまい!」と言いながら汁まで飲み干した長男、食った後の顔色は妖怪人間みたいになっていました。
嗚呼、長男。。。

そんなO氏と、今夜焼き鳥でーす!

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子供は残酷。

昨夜3時ごろのカミナリに飛び起きた・・・ややや、じゅくちょです。
久々にカミナリにビビッたわ・・・。

ままま、昔から「地震・雷・火事・親父」とは、世間では大変恐れられているものとされていますが、親父の威厳が薄らいできたと言われる昨今。
親父と言うか、大人の威厳が思いっきり失墜させてしまった出来事がありました。

それは小学五年生の頃の事でした。
オイラはボーイスカウトをやっていたんですが、小学生は「カブスカウト」と言って、ボーイスカウトの弟のような事をするんです。
月に1~2回、自分の所属する「組」ごとに集会をして、月に1回は全ての組が集まって集会をするんですね。
前者は「組集会」、後者は「隊集会」と呼び、次の隊集会で行われるテーマを組集会で決めるっちゅうような段取りでした。

当時テレビ番組で「欽ドン!」が流行っていて、各組で「フツ男」「ヨシ男」「ワル男」それぞれのネタを考えて披露しようとなった時がありました。

その時の隊長をされていた方は、当時まだ30代やったと思うのですが、子供でも簡単に見破れるような「ヅラ」を被ってはったんです。が、子供心ながら「それには触れてはいけない」ムードを嗅ぎ取っていたので、みんなはその「暗黙の了解」を守っていたのです。

ままま、そして「欽ドン!」やけど、ホナ誰がお父さん役の欽ちゃんをするねん?と思っていたら、当然といえば当然の隊長やったんですわな。
あの時、お父さん役の欽ちゃんはバーコードのハゲヅラを被って着物を着ておりました。
オイラたちは、一体どのようなイデタチで現れるのであろうか?と興味津々で登場を待っていました。
現れた隊長は、それは基本に忠実な格好で、着物を着て、紙で作ったバーコード柄のハゲヅラを被っておりました。

一瞬の沈黙。

その後、誰かが「脱ぐだけでエエんちゃうん?」と言ったのを皮切りに、
「ホンマやー!脱ぐだけでエエやんー!」
「バレバレやでーっ!」
「何でカツラの上にカツラを被ってんのー!?」
等と、暗黙の了解が破れたと同時に、堰を切ったように溢れ出る言葉!
こうなったら子供は残酷な生き物の様相を呈し、罵詈雑言の集中砲火を浴びせまくります。

2~3人なら注意もできるが、サスガに多数の子供相手ではシュンとなるしか方法がなかったようで・・・。
今、自分がその隊長と同じ年代になってみて、「残酷な事をしたな~。。。」って思います。

これからは「地震・雷・火事・子供」になるんではないかと危惧する・・・ややや、じゅくちょでした。

本日の1曲
イモ欽トリオ 「ティアドロップ探偵団」

これ学芸会でやりました。 オイラはワル男役でした。。。

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